大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)3072号 判決

控訴人

松本金三郎

右訴訟代理人弁護士

佐藤孝一

被控訴人

山口多喜雄

右訴訟代理人弁護士

武藤節義

主文

一  原判決主文第一、二項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金五八万三〇八二円及び内金五八万円に対する昭和五九年八月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴人の反訴請求を棄却する。

二  控訴人の当審における新請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

〈申立て〉

(一)  控訴人

「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し、金九二七万円及び内金九〇八万五〇〇〇円に対する昭和六〇年五月一六日から、内金一八万五〇〇〇円に対する昭和六一年一〇月二九日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(右のうち元金一八万五〇〇〇円及びこれに関する付帯金の請求は当審における新請求)。」との判決並びに金員支払いを命ずる部分についての仮執行の宣言を求める。

(二)  被控訴人

「本件控訴を棄却する。控訴人の当審における新請求を棄却する。」との判決を求める。

〈主張〉

次のとおり訂正し、当審における新たな主張を付加するほか、原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」の項記載のとおりである。

(一)  原判決事実摘示の訂正

(1) 原判決三枚目表九行目の「一覧表番号3以下一覧表番号で」を「一覧表番号3。以下右一覧表の番号で」と改める。

(2) 同裏二、三行目の「報酬額を原告の損害補償額と合意修正し、」を「被控訴人は当初控訴人の依頼を受けて調査・設計を行つたが、その後控訴人が他に開発に関する権利を譲渡したため、報酬に代えて右の結果被控訴人に生じた損害を控訴人が補償することとし、右補償額を」と改める。

(3) 同五枚目表七行目の「M1ビル」から八行目の「立替金残額債権」までを「昭和五四年末現在の控訴人に対する債権残額(一覧表番号1)」と改め、一〇行目の「立替金」の次に「(一覧表番号2)」を加える。

(4) 同裏三、四行目の「受領額記載のとおり、それぞれ受領年月日記載のとおり」を「受領年月日及び受領額欄記載のとおり」と改める。

(5) 同六枚目表二、三行目の「報酬(設計費)が金一二〇〇万円であること」を「報酬(設計費)を金一二〇〇万円とすることが合意されたこと」と、同裏一〇行目の「昭和五四年までの」から末行の末尾までを「昭和五四年末現在の債権残額が六〇万円であつたことを認める。」と改める。

(6) 同七枚目表六行目の「五八六八万五〇〇〇円」を「五八八七万円」と、七、八行目の「反訴請求原因添付一覧表(Ⅱ)」を「別紙支払明細表(訂正後)」と改め、一〇、一一行目の「支払ずみである」の次に「(いずれも別紙支払明細表(訂正後)記載の弁済の一部として)」を加える。

(7) 同裏二行目の「否認する。」を「認める。」と改める。

(8) 同八枚目表三行目の「別紙一覧表(Ⅱ)」を「別紙支払明細表(訂正後)」と、四行目の「五八六八万五〇〇〇円」を「五八八七万円」と、五行目の「九〇八万五〇〇〇円」を「九二七万円」と、八行目の「これに対する」を「内金九〇八万五〇〇〇円に対する」とそれぞれ改め、九行目の「一六日から」の次に、「、内金一八万五〇〇〇円に対する控訴の趣旨一部変更申立書陳述の翌日である昭和六一年一〇月二九日から各」を加える。

(9) 同裏五行目の「否認する。」を「認める。」と改める。

(二)  当審における新主張

(1) (本訴に関する控訴人の予備的相殺の抗弁)

控訴人は、本件控訴提起に伴い昭和六〇年一一月七日原判決の強制執行停止決定を得、右決定は同月一一日被控訴人に送達された。しかるに、被控訴人は右決定を無視して翌一二日浦和地方裁判所に対し控訴人の自宅の土地、建物につき強制競売の申立てをし、その後も右申立てを取り下げず、同月二〇日競売開始決定を得た。控訴人は、右決定を受けたこと自体によつて大きな衝撃を受けたのみならず、登記簿に右決定を記入され、現況調査に来た執行官や評価人に自宅の内部を調査されるなど、きわめて不快な目にあわされた。のみならず、控訴人は右土地建物に抵当権を設定して取引銀行から融資を受けていたところ、右競売開始決定を受けたため、取引銀行から右決定が取り消されなければ銀行取引約定書に基づき貸付金について期限の利益喪失の手続を取る旨通告され、新規借入れも困難な状態となつた。以上のとおり控訴人は被控訴人が違法に取得した競売開始決定のために多大の精神的苦痛を被つたので、これに対して支払われるべき慰藉料の額は二〇〇〇万円を下らない。そこで、仮に被控訴人が控訴人に対し報酬請求権を有するとすれば、控訴人は右慰藉料請求権を以て控訴人の報酬請求権と対当額で相殺する。

(2) (右抗弁に対する被控訴人の認否等)

控訴人がその主張の強制執行停止決定を得、右決定が控訴人主張の日に被控訴人に送達されたこと、被控訴人が昭和六〇年一一月一二日に控訴人の不動産につき強制競売を申し立て、控訴人主張の競売開始決定を得たことは認め、その余は否認する。

右強制競売の申立ては被控訴代理人がしたものであるが、被控訴代理人は右申立て後に被控訴本人から強制執行停止決定が本人宛に送達された旨の連絡を受けたものであるから、被控訴人において停止決定のあつたことを知りながら強制競売の申立てをしたわけではない。また、強制執行停止決定を執行機関に提出して執行手続の停止を求めるのは、債務者たる者のなすべきことであつて、債権者は、強制競売申立て後に執行停止決定のあつたことを知つても、右申立てを取り下げるべき義務を負うものではない。

〈証拠〉〈省略〉

理由

第一本訴請求について

一請求原因1の事実(控訴人及び被控訴人の営む業務)は当事者間に争いがない。

二請求原因2及び弁済の抗弁について検討する。

(一)  請求原因2(1)の報酬の支払いについて(以下、請求原因2項中の(1)ないし(13)の各項目は番号のみによつて表示する。)、時期の点は別として少なくとも一二〇〇万円の限度での合意が控訴人・被控訴人間に成立したこと、(13)のデベロッパー紹介料立替金五〇〇万円支払いの約束があつたことは当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、控訴人・被控訴人間では昭和五三年ごろ右立替金を含めて金一七〇〇万円の支払いが合意されたものと認められ、右合意の成立時期が昭和五五年三月であり、報酬額は一七〇〇万円であるとの被控訴人の主張は採用することができない。

(二)  (2)の事実は当事者間に争いがない。

(三)  (3)については、被控訴人主張のような合意が成立したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて原審における被控訴本人尋問の結果によれば、右主張のような合意は成立していないことが明らかである。

(四)  (4)(5)(6)(9)については、いずれも被控訴人主張のような報酬支払いの合意が成立したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて原審における被控訴本人尋問の結果によれば、これらについては無償とする旨の合意があつたことが認められる。

(五)  (7)については、〈証拠〉によれば、控訴人主張のとおり昭和五四年八月二七日報酬額を八六〇万円とすることが合意されたことが認められ、右合意が昭和五六年になつてから成立したとの被控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。

(六)  (8)については、〈証拠〉によれば、ヴィラ藤原はリゾート用分譲マンションとして設計され、建築確認を取つたが、経済情勢から着工出来なくなつたので、ひとまず一三〇〇万円を被控訴人の報酬額とすることを合意し、建築・分譲ができた場合には更に一二〇〇万円を控訴人が被控訴人に支払う旨合意したこと(右一三〇〇万円の報酬額の合意ができたことは当事者間に争いがない。)、しかしその後建築・分譲は行われていないことが認められる。

(七)  (10)については、昭和五五年一一月被控訴人に支払われるべき事前調査費用の額を八〇〇万円とすることが合意されたことは当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、M4ビルの建築確認申請は設計者を被控訴人としてされているが、実際に右ビルの設計を行つたのは訴外株式会社熊谷組であり、被控訴人が右のように名目上の設計者になつているのは、控訴人が被控訴人に熊谷組を紹介してもらつたことに対する謝礼の意味で、被控訴人に設計者としての信用をつけるため、熊谷組に依頼して被控訴人を設計者として届け出ることを承諾してもらつた結果であることが認められ、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。したがつて、被控訴人は控訴人に対し右ビルの設計料を請求することはできないが、〈証拠〉によれば、被控訴人は右ビルの建築工事の監理を行つたことが認められるので、これに対する相当額の報酬を請求する権利を有するものというべきである。そして、〈証拠〉によれば右ビルの工事代金は八億五〇〇〇万円であり、〈証拠〉によれば、東京都建築士事務所協会の定めた業務報酬基準では右のような工事代金額の一般ビルの設計料は工事代金額の四・二パーセント、監理料は同じく一・八パーセントとされているが、前記岩木証言によれば、株式会社熊谷組の請求した設計料は工事代金の一・七パーセントであり、これから見て、前記報酬基準は必ずしも実勢と合致していないものと認められるので、前記工事代金額の一パーセントに当たる八五〇万円をもつて右監理料として相当な額と認める。

(八)  (11)については、〈証拠〉によれば、昭和五七年一二月小池ビルに関する報酬額として一五〇万円を支払う旨の合意が成立したことが認められる。

(九)  〈証拠〉によれば、昭和五四年末当時の被控訴人の控訴人に対する債権残額(前記のとおり(1)(7)及び(13)の報酬額を含めたもの)は六〇万円であつたことが認められる。

(一〇)  控訴人が被控訴人に対し昭和五五年一月以降合計三三八七万円を支払つたことは、当事者間に争いがない。

(一一)  以上によれば、被控訴人の控訴人に対する債権残額は、前記の昭和五四年末現在の債権残額六〇万円に、その後に発生した前記(二)、(六)、(七)、(八)の債権の合計額を加えた三四六〇万円から右弁済額三三八七万円を控除した残額である七三万円となる。

三次に控訴人の相殺の抗弁について検討を加える。

控訴人が昭和六〇年一一月七日に原判決につき強制執行停止決定を得たこと、右決定が同月一一日被控訴人に送達されたこと、被控訴人が同月一二日控訴人の自宅の土地、建物につき強制競売を申し立て、同月二〇日競売開始決定を得たことは、当事者間に争いがない。そして、強制執行停止決定が発せられた場合、これに基づいて現実の執行の停止を得るためには債務者において右決定の正本を執行機関に提出することを要するが、他方、右決定が発せられたことを知つた債権者は、強制執行の申立てを差し控え、債務者に無用の損害を生ぜしめないようにすべき信義則上の注意義務を負うものと解すべきである。本件において、被控訴人が前記のように強制執行停止決定の送達を受けた後に強制競売を申し立てたのがやむを得ない事情に基づくものであつたことを認めるに足りる証拠はないから、この点につき被控訴人には故意または過失があつたものというべきであり、被控訴人はこれによつて控訴人に生じた損害を賠償すべき義務を負うものである。

〈証拠〉によれば、控訴人は、前記強制競売開始決定がされ、その所有する土地、建物にその旨の登記がされたため、取引先から借入金の繰り上げ返済を要求され、また、新規貸出しを拒絶されるなどの目にあい、一時は事業の資金繰りにも窮し、かなりの精神的苦痛を受けたことが認められる。これに対する慰藉料の額は、一五万円をもつて相当と認める。

右慰藉料請求権をもつて対当額で相殺すると、被控訴人の控訴人に対する債権の元本額は五八万円となるが、右慰藉料請求権の発生時期は前掲証拠により昭和六〇年一二月末ごろと認められるから、被控訴人の本訴請求における遅延損害金の起算日たる昭和五九年八月二九日(訴状送達の翌日)から右昭和六〇年一二月末までの間の遅延損害金については相殺の遡及効は及ばないことになる。その結果、一五万円に対する右期間の年六分の割合による遅延損害金三〇八二円の債権が右五八万円及びこれに対する遅延損害金とは別に残存することになる。

四以上によれば、被控訴人の本訴請求は、金五八万三〇八二円及び内金五八万円に対する昭和五九年八月二九日から支払済みまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度でのみ理由があるものとして認容し、その余は失当として棄却すべきである。

第二反訴請求について

本訴請求について判示したとおり、被控訴人は控訴人に対し合計五九六〇万円――第一の二の(一)、(二)、(五)ないし(八)の合計額――の報酬債権を有したところ、そのうち(一)、(五)の合計額二五六〇万円については昭和五四年末までに二五〇〇万円が弁済されて当時の残債権額は六〇万円となり、これにその後に発生した(二)、(六)ないし(八)の債権額を加えた合計三四六〇万円の債権に対し三三八七万円が弁済されて残債権額は七三万円となつたことが認められる。したがつて、被控訴人に対し過払金があるとしてその返還を求める控訴人の反訴請求は理由がなく、これを棄却すべきである。

第三結論

よつて、以上と趣旨を異にする原判決を上記のとおり変更し、控訴人の当審における新請求(反訴請求の拡張部分)を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島一郎 裁判官加茂紀久男 裁判官梶村太市)

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